車を換えた

車を換えた。

220系クラウンを乗っている義父が、新車を買うらしい。それにあたって、クラウンいらんかという話になった。それならありがたいですということで、今乗っているRX-8を手放し、クラウンを譲り受けることになった。

RX-8は、高専の写真部の後輩に10万円であげることになった。彼は某鉄道会社に勤めていて、埼玉県内にある寮*1に住んでおり、そのすぐそばに月極の駐車場を借りたらしいから、京都からそこまで約500kmの最後のドライブをした。

途中までは妻と一緒だった。朝イチ家を出て、名古屋港水族館に行って、コートヤード・バイ・マリオット 名古屋でアフタヌーンティーをいただいた。なぜ名古屋まで行ってヌン茶しばいているのかというと、妻の好きなミッフィーとのコラボ企画があったからである。

dickbruna.jp

五感でミッフィーを楽しんだ後、新幹線で京都に帰る妻を名駅の新幹線側のロータリー近くで降ろした。RX-8での最後のドライブやね、と言うと、「まあそうやな」とそっけない返事をされた。思い入れはそれほど無いとのこと。思い出が詰まっているということと、そのモノ自体への思い入れは別らしい。

そもそも僕自身、車に対して思い入れがあるようになるとは思ってもみなかった。車にあんまり興味がなかったから、26歳になるまで運転免許を持ってなかった。RX-8も、免許取りたてはぶつけたりするらしいと聞いていたから、1年程度でボコボコにして乗り捨てる前提で、安い中古車を探していて、その中でそれなりに運動性能があって*2見た目も悪くないものでという理由で選んだ*3。結果、RX-8はぼくがそんなに下手くそではなかったのか運がよかったのかボコボコにはならず*4、なんやかんや愛着が湧いて3年半以上乗り続けた。よくわからん海外製の部品と格闘しながら汎用の新しい2DINディスプレイオーディオ搭載したり*5、お金かけて整備士さんにお願いして足回りやタイヤ交換したりと、時間とお金を使ったら、車というのは自然と愛着が湧くものということがわかった。昔、地元で、週末になると毎週のように車を洗車している近所のオジサンたちを見て、アホちゃうかなと思っていたが、今ならなんとなくわかる気がする*6

名古屋から新東名を東京方面にそのままぶっ飛ばすのではなく、足柄SAで一泊した。足柄SAにはホテルがあって、高速から降りずに一泊することができる。夜通し高速の上にいる扱いになるから、ETCの深夜割引が効いてお得である。

tokinosumika.com

しっかり一泊するから、翌日に残らない量であれば酒を飲める*7*8。サービスエリアで買った食べ物をアテに、酒を飲むという非日常体験ができる。

わっぱめしとおでん。足柄SAはギリギリ静岡県内ということで、しぞ〜かおでんを食べることができる。

早めにSAに着いたから、のんびり晩酌した。RX-8でいろんなところにいったなと思い返した。3万km走らせた。東京に住んでいたときに那須、伊香保、碓氷峠、秩父、甲府、九十九里、いわき、つくば、色々行った。京都に引っ越してからも多治見、高松、徳島、姫路、淡路島、美山、福井とお出かけした。サファリパークには2回行った。カーフェリーには4回乗った。キャンプは何回も行った。クーペっぽいスタイルの割に、6人寝れるでかいテントを含むキャンプ用品一式が余裕で積める程度に荷物は乗るし、ドアが4つあるし、ABSやDSC*9といった安全機能はついてるし、アクセル踏んだ分だけ素直にエンジンは回ってくれるし、深夜に首都高C1ぐるぐるまわって遊べるし、ハンドル切った状態で回転数上げてからクラッチを雑につなげると後輪が滑って最小回転半径未満のターンができるから「小回りが効く」し、高速走ってるなら10km/lくらいの低燃費であったし、本当にいい車だった。

翌日、仕事の用事を済ませるために東京に寄った後、埼玉に行って後輩に引き渡した。僕が助手席に乗って、駐車場から近くのガソスタまでかんたんにドライブした*10。無事運転できてたし、僕の取り付けたディスプレイオーディオと彼のiPhoneがうまく接続してCarPlayが使えてたし、一安心。その日の夜は、後輩と僕の兄*11と3人で飲みに行った。

さらに翌々日、義父の新車の納車日だった。夕方頃に、義父がクラウンをうちまで運転して持ってきてくれた。そのあと僕が義父を義実家まで送った。義父が助手席に乗っていて、義父と二人だけの空間ってなんか初めてで緊張するなあと思いながらハンドルを握った。車内は義実家の匂いがした。べつに不快な匂いではなく、おそらく義母が使っている洗剤の匂い。ガソリン臭くて仕方がないRX-8とは大違い。義父と他愛もない話をしながら、安全運転で送り届けた。

クラウンをいただいてから初の週末、妻と長浜に行った。高速道路でクルコンを試した。RX-8でキビキビ運転するのも良いけど、クラウンで一番左の車線でクルコンつけてのんびりするのも悪くないなと思った30歳の夏でした。

新旧の車で隣り合ってるのがないかと探してみたら、義父母とファミレスに行ったときの写真があった。どっちも良い車。ナンバープレートの番号は、どちらも妻(義父の娘)の誕生日由来。

*1:公開されてておもろい。 https://www.mapion.co.jp/phonebook/M51004/11108/119817064_ipcbl/

*2:高規格な道路でスムーズに120km/hまで加速できればいいなくらいに思ってた。

*3:他の候補として、古いインプレッサとか、ロードスターとかがあった。

*4:小さいキズは2つつけてしまった。

*5: https://oddmutou.hatenablog.com/entry/2023/03/01/180901

*6:ただし僕は車は汚れててもしゃーないモノという考えがあるのでそんなマメに洗車しようとはまだ思いません。

*7:もちろんSA内は酒類を売っていないから、高速乗る前にどこかで予め買ってきて持ち込む必要がある。

*8:アルコールチェッカーを持参し、翌朝アルコール値を確認後、運転開始しました。

*9:DSC=マツダの横滑り防止装置。オフにもできる。

*10:ガソリンすっからかんの状態で引き渡すのが申し訳なかったから、僕のお金で最後の給油をした。ハイオク8000円也。

*11:なぜかその後輩と我が実兄は面識がある。

南海フェリーに乗ったり

今年のGWは、有給*1をとらない限り最長4連休だった。4連休で、主に香川県を観光したのち、垂水の実家に一泊した。

5/4-5に観音寺市内にて学生時代の部活の仲間の集まりがあるというのがメインイベントであった。

5/3

四国へ上陸するにあたり、近々廃止されると話題*2の南海フェリーに乗っていくことにした。淡路鳴門も瀬戸大橋もしまなみ海道も人生でそれぞれ何回か利用したことがあるから、ちょうどよい。

夜19:10和歌山港発のフェリーを予約していた。余裕を持って京都の自宅を昼前くらいに出た。

和歌山に行くまでの途中で、道の駅みさき に寄った。生しらす丼を食べた。おいしかった。それ食べながら地図をぐりぐり見ていたら、道の駅のすぐそばに、とある大物Youtuberを輩出したことで有名な高校が立地していることに気付いた。せっかくなら泉南イオンやあそびば貝塚店といった聖地巡礼をしてもよかったかもな、と思った。

和歌山市は、5年ほどまえに行って*3一晩泊まって飲み歩いたことしかない。今回はフェリーの出発までまだまだ時間があったから、和歌山ラーメンを食べたり、古代史の資料館に行ったり*4、スーパー銭湯にいったりした。

出港50分前くらいにターミナルに着いた。そこから乗船手続きをして、乗船待ちの車列に車を移動させた。既に乗車待ちは3列目に到達していた。結構みなさん早めに来るんやなあと思った。

南海フェリー「フェリーかつらぎ」に車で乗船する様子

船内は自由席のリクライニングシートと雑魚寝エリアの他、指定席のリクライニングシートエリアもあった。雑魚寝エリアに転がった。

本当にちょっとした、スロット2台とプライズゲーム1台だけのゲームコーナーがあった。酒とソフトドリンクの自販機もあった。

南海フェリーの船内。カップラーメンの自販機は使えなかった。お腹が空いていたからちょっと悲しかった。

船内はそこそこ揺れた。雨風あって時化ってたんだろう。瀬戸内海の割にはゆれるな〜と最初思ったけど、よくよく考えると淡路島の南側を走る航路やからそんなに瀬戸内海バフはかかってないのかもしれない。

東京から空路、関空経由、南海電車利用で和歌山港駅まで来ていた後輩*5と船内で合流した。彼と軽く喋ったのち、寝た。まあまあ揺れていて、ゆりかごのような感じで眠りにつけた。接岸30分前くらいに目が覚めて、トイレに行ったら、洗面台が吐瀉物で詰まっていた。きっと大便器まで辿り着けなかったのだろう。デッキに出たら、椅子に座らず、立って壁に寄りかかっている人が何人かいた。船酔いしちゃったときは座ってるより立っているほうが楽なんだろうか。僕は横になって寝てたのとそれなりにフェリーのったことあるからかまあ揺れるなくらいの感想であったが、きっと慣れない人には大変だったんだろうなと思う。これがトラウマになって船旅を嫌いになってしまわないか心配…。自販機で酔い止め売ってくれへんもんなんやろか*6

和歌山港出発から2時間ちょっとで徳島港到着。高松道経由で高松市内に行った。翌日の主目的が観音寺であるから高松市よりもうすこし西側、例えば丸亀の快活CLUBに泊まりに行くという手もありはするが、丸亀市には快活CLUBが1店舗だけということで、もし満室だったときのことを考えて、高松市に行った。

高松市には快活CLUBが3店舗ある。3店舗もあれば、特に郊外型の広い快活なら連休とはいえ満室になることはないだろうと思っていた。しかし現実は非情で、すべて満室だった。ダーツやカラオケなら空いてますよということだった。それで寝れるかいな。いろいろ策を巡らせながらどうにか寝れるところは無いかなと車を走らせ、目に着いた個室ビデオに入った。金太郎 高松国道11号店。フルフラットにできる鍵付き完全個室で、ブランケットも借りれて快適に寝れる。これはありがたい。自分が18歳以上の男性であることに感謝した*7。翌朝11時までのナイトコースで2700円。快活より安い。途中退室可能だから、コンビニに行って弁当とお酒を買って軽く晩酌して横になった。運転の疲れもあってぐっすり寝れた。

5/4

6時くらいに気持ちよく目が覚めた。ナイトコースなら無料のシャワーを借りた。ちゃんと掃除されており快適だった。

金太郎 高松国道11号店 のシャワー室

朝から車を走らせ、うどん屋巡りをした。

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どれも美味しかった。

ヤドン公園に行ったり、銭形砂絵を観に行ったりした後、追加で後輩1人先輩2人と観音寺駅前で合流した。買い出しをして、本日の宿泊地「オハネフの宿」に向かった。

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昔、寝台列車としてつかわれていた客車を持ってきてホテルとして営業している変わった宿。電気は通っている。車内の水回りは使えないから、隣に建てられたプレハブ内の仮設トイレを使う必要がある*8

2種類の客車が置かれてあり、今回は開放寝台のほうを利用した。我々のグループで貸し切りとした。

持ってきた酒とツマミで酒盛りをした。たのしかった。

事前情報があんまりなくて*9、どんなかんじかわからんかったけど、念の為キャンプ用の保冷バッグを2つ持ってきていてよかった。冷えた酒を持ち込みたいなら必須。

昔の寝台列車ってこんなかんじやったんや〜という貴重な体験ができて良かった。サンライズのノビノビ座席より快適やろなと思った。ただ現代で新しく造られるとしたら、家族や仲間内で気兼ねなくおしゃべりしたいから同じ間取りでも区画ごとにドア付きにしてほしいなあと思った。JR各社さん、おねがいします…。

5/5

雲辺寺ロープウェイを使って、雲辺寺へ。

雲辺寺ロープウェイ。支柱間の長さがロープウェイとして日本一らしい。

めちゃくちゃいい景色だった。なんならちょっと怖いまである。

展望広場的なところにはブランコがあったり、フォトジェニックスポットが散りばめられてた。本当に眺めは良くて、四国中央市の製紙工場もはっきり見えた。「しこちゅ〜*10のせいしこうじょう」とかいうしょうもないこと言ってゲラゲラ笑って、学生時代の感じを懐かしんだ。

その後、5人でスーパー銭湯に行ったり、またうどん屋に行ったりした後、一旦解散した。

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一旦解散、としたものの、後輩2人は特に帰りの交通手段を抑えていないということで、車に乗せた。2人共爆睡していた。淡路鳴門ルートは絶対に混むから、瀬戸大橋、山陽道経由で帰った。

ぼくの地元の垂水のコインパーキングに停めて、そこで後輩2人とも解散した。一人は三宮から高速バスで東京の自宅に帰り、もう一人は西宮の実家に行くらしい。

実家に帰ったら母が一人だけだった。父は朝から仕事で単身赴任先へ、一人暮らし中の妹もGWに帰ってきてはいたがその日の朝に出ていったらしい。兄は当然のように東京から帰ってきていない。

母の作ってくれたおいしいご飯をたべて、すぐ寝た。長距離運転した日は眠気がすごい。

5/6

朝5時半くらいに起きて、6時には出た。

GWでも、朝はまだ道路が空いている。垂水から須磨にかけての国道二号線の海沿いの朝焼けは、いまになって見ると*11、本当にキレイである。

まだ早い時間だったから空いていた阪神高速3号神戸線を走り抜けて、名神経由で京都の自宅へ。荷物を片付けて、昼くらいまで二度寝した。

お昼は、義両親がごちそうしてくれるということで、いいとこの中華料理店に行った。行きつけらしい。美味しかった。そのあと義実家でだらだらしたりした。最後まで充実の連休だった。

経路

今回の経路を Google マイマップ を使ってまとめてみた。

www.google.com

ざっくりいうと「京都-第二京阪-近畿自動車道-阪和道-南海フェリー-高松道-瀬戸中央自動車道-山陽道-第二神明-名神-京都」

たのしい。

*1:ぼくは労働者ではないので有給という概念がないのではあるが、便宜上。

*2: 参考: https://travel.watch.impress.co.jp/docs/news/2099507.html

*3:当時住んでいた東京から「紀勢本線で帰省!」とかいうダジャレをしたかった。

*4:和歌山県立紀伊風土記の丘 https://www.kiifudoki.wakayama-c.ed.jp 。残念ながら休館中だった。近くの保存古民家や古墳は見れたから歩いて周った。

*5:後輩くんは昨年JR東海の中途採用試験に落ちて以来、北陸新幹線や高速バスを使う等、東海道新幹線を使わない縛りをしている。

*6:医薬品の販売は法令で厳しく制限されているから難しいことはわかってはいる…。

*7:個室ビデオは18歳未満の立ち入りは禁止。あとたぶん女性が入ろうとしたら断られると思う。女性用のトイレ無いし。

*8:あと仮設シャワーもある。一応プレハブの中に仮設トイレと仮設シャワーがあるという作りになっているものの、プレハブの扉に穴が空いていて野良猫ちゃんが出入りしちゃってるし雑草生えてるし虫もそこそこいるしで、繊細な人には厳しいかも。

*9:予約は先輩がしてくれた。

*10:参考: https://www.city.shikokuchuo.ehime.jp/site/sikochu-room/

*11:実家に住んでいた頃はあたりまえの存在だったからそこまで気にも留めていなかった。

勝山城博物館

先日、福井県立恐竜博物館に行った。自宅を朝早くに出て片道3時間のドライブ。たのしかった。恐竜好きの妻はたいそう喜んでいた。また行きたい。

恐竜博物館のあと、それが所在する福井県勝山市を軽く観光してから帰ることとした。Googleマップで「勝山城博物館」というのが出てきたから、行くことにした。

外観

車で近くにいくと、大きな天守閣が見えてきた。

勝山城博物館 外観

立派な天守閣である。

勝山城って聞いたことはなく、少なくとも現存12天守*1に含まれていないことはわかっていたから、復元天守なり復元天守なりそういうものなんだろうなと思ってはいた。

石垣にあった銘板を読むと、1822年に「出火して建物のほとんどを消失」とあった。

勝山城由来書

さらに、

現在は勝山市役所、市民会館、教育福祉会館が立ち並び、中央公園も造成されている。最後まで残っていた天守閣跡、石垣内堀の一部が取り壊されたのは昭和四十二年市民会館を建てた時である。

とあり、え!いまこのお城が建ってる場所は!?となった。模擬天守で、建ってるところすら本来の場所ではないらしい。なんなら、外見の様式すらかつてのものと全く関係ないものらしい。面白すぎる。

昭和42年つまり1967年に最後の城跡を取り壊したってひどいなあと思う。例えば有名な模擬天守、現代の大阪城天守閣*2は1931年に建てられている。日本各地で模擬天守つくろうという流れが既に出てきている時代に、残った遺構を壊し、そこから25年後*3に全く関係のない場所に模擬天守を作ったという行きあたりばったりでいい加減な感じ、…。

こんな模擬天守を文科省や自治体の教育委員会ならびに公の方々が拵えるなんてありえへんやろという想像通り、勝山に縁のある篤志家が私財を投じ、造られたらしい。相互タクシー*4の創業者、多田清がその人である。実業家が儲かったカネで城をつくるなんて、日本にもかつて良い時代があったんやなあと思った。

最上階

入場してまずエレベータで最上階に登る順路案内だった。ベランダ?みたいに外に出れるようになっていた。

周辺に背の高い建物がまったくないおかげで、めっちゃいい景色だった。

勝山城博物館 最上階からの景色

中の展示

圧巻だった。

場所も様式も違う模擬天守(笑)って小馬鹿にしながら入ったことを後悔した。勝山市の由来についての展示だけではなく、刀剣や鎧等、美術品は大変立派なコレクション*5が揃っており、人口2万人*6 の博物館とは思えない内容だった。下の方の階にはキラキラのくそでかい壁画があって、平成バブリーを感じた。ここ会場にしてなんかイベントとかやったらおもろいのにと思った。

エントランスフロアに戻ると、お財布が厳しいです寄付お願いしますといった内容の掲示とともに募金箱が置かれてあった。前述の各種美術品やくそでか壁画の維持はとてもお金がかかりそう。一方で、平日午後とはいえ他のお客さんは4組くらいしかおらず、最寄り駅徒歩1時間でその最寄り駅もえちぜん鉄道勝山永平寺線というローカル線で、若者の車離れが依然と進む中、本当に苦しいと思う。さらにここは公立ではなく私立*7として運営しており、なかなか今後の動向が気になるところである。頑張ってほしい…。

ラブリー牧場 みるく茶屋

勝山城博物館の駐車場*8の脇に、なんかおいしそうな店があったからはいってみた。

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クレープを注文した。

ラブリー牧場 みるく茶屋 のクレープ

しょっぱいもの食べたい気分だったからソーセージいりのやつを食べた。粗挽きでブリッブリでめっちゃおいしかった。牧場の自家製ソーセージらしい。妻の甘いクレープも一口もらった。ホイップの牛乳感がすごかった。とにかく美味しかった。

ラブリー牧場というのは、勝山市内にある牧場で、見学もできるらしい。今回は時間がもう無かったけど、また今度行きたいなという話になった。また勝山にいく目的ができた。またいくぞ。

*1:いまのところ12城中6城(弘前、松本、姫路、松江、伊予松山、高知)には行ったことがある。

*2:鉄骨鉄筋コンクリート造。中にはエレベーターもあって近代的なビルである。

*3:勝山城由来書の銘板は「平成四年」とあったから。

*4:京阪神では有名なタクシー会社だと思う。

*5:勝山市に縁のある内容かはともかく。

*6: 20,590人(令和8年3月末現在)。たぶん来年には1万人台になっちゃうんやろな…。 参照: https://www.city.katsuyama.fukui.jp/site/mayor7/850.html

*7:前述の多田清の私財を基にした公益財団法人多田清文化教育記念財団。

*8:駐車料金無料!

インド

インドいってきた。

渡航手段

ANAマイルの特典航空券で行った。行きはビジネスでNH813(羽田→香港)便、AI315(香港→ニューデリー)便の香港トランジット。

AI315便は悪名高きエアインディア。つい先月くらいにエアインディアの事故を揶揄してた若い女性のYoutuberが炎上していた記憶がある。とにかく機内はやかましいとかなんとか。今回はビジネスクラスだったからか、そういったことはなかった。搭乗時、自分の席に中国人のオッサン*1が座っていたことと、ディスプレイが壊れていたこと*2と、180度リクライニングできるはずの座席が160度くらいで止まってしまったこと*3と、トイレが壊れていたこと*4と、座席コンセントが壊れていたこと*5は、さすがエアインディアやなと思った。ビジネスクラスなのにインターネットにつながる機内WiFiが無いのは古い788*6だからで、たぶん789はあるんちゃうかな。しらんけど。

ニューデリー

到着日の2026年3月4日のデリーは、ホーリー祭というのが行われていた。知らなかった。地下鉄は14時半まで運休とのことで、Uberでコンノートプレイスまで向かった。1500円くらいした。コンノートプレイスは外資系のきれいなお店が多くあって、KFCやマクドがあるからそれなら食えるだろうという算段ではあったが、それらもホーリー祭でお休みということだった。酒屋が空いてたから、夜飲むようの缶ビールを買った。おつりが少なかったから指摘したらヘラヘラ笑いながら適切なおつりが帰ってきた*7。とりあえず宿があるパハールガンジまで歩いた。途中、「ハッピーホーリー」と笑いながら叫ぶ少女に水風船を投げつけられ、僕の顔面に直撃した。上半身がびちゃびちゃになった。空腹と疲れで、「ハッピーホーリー」という言葉をとてもポジティブには受け取れなかった。ポケットに入れてた旅券と財布が汚れんかっただけよかった、自分は幸運やなと思うことにした。

宿はパハールガンジの Hotel Hari Piorko というところにいった。3000円くらいで、温水が出るシャワーとエアコンと冷蔵庫がある。部屋で晩酌したい人間としては、冷蔵庫がある宿がなかなか見つからなくて困った。ここはちゃんと使える冷蔵庫があって助かった。コンノートプレイスの酒屋で買ったビールを冷蔵庫に入れ、荷物を置いて街にくりだした。

パハールガンジも多くの店が閉まっていた。お腹が空いていたからしっかりターリー*8を食べたかったが、唯一営業していた軽食屋で、ハンバーガーを食べた。虫がにぎやかに飛び交う店先で、豪華に生野菜*9もふんだんにはさみこまれたバーガーは、最終的にゴミ箱の横に挟まれていた謎の紙で丁寧にラッピングされて提供された。空腹もあり大変美味しく感じた。この店のお兄さんは店先のメニュー表通りの値段しか請求せず、500ルピー札を出しても嫌がらず正確な釣り銭を返してくれたから、なんというかめっちゃ癒やされた。あとお腹は壊さなかった。

ニューデリー駅周辺は詐欺師が多いと聞いていた。実際多かった。「ハロー」とか「こんにちは」とか「どこからきましたか〜」とか「チケット持ってますか!持ってないと通れませんよ!(大嘘)」とかわりと流暢な日本語で声かけてくる。全員詐欺師。無視してたら8割はすぐどっかいった。そのままついてくるやつも無視してたら大丈夫だった。滞在中に一人だけ、それでもめっちゃついてきて肩触ってくるやつがいたから、「話しかけないでいただけますか、触らないでもらえますか、あなたは詐欺師であると存じ上げております。」を最大限汚く変換した言葉で怒鳴ったらそれ以上はついてこなかった。

その後の滞在含めてニューデリーというかパハールガンジ周辺ではぷらぷら歩きながら屋台で夢だった素焼きの容器のチャイ飲んだり、サモサ食べたり、ジャレビ食べたり満喫した。楽しかった。でももうニューデリーは行かなくていいかなと思った。うるさくて疲れる。

アグラ

ニューデリーからの日帰りツアーで、タージマハルに行った。

アグラまで列車で行くという手もあるが、今回は日程的に余裕がなかったから遅延リスクの低い、車で回ってくれるツアーを手配した。一日運転手さんと日本語が喋れるガイドさん*10がついて1万8千円くらいだった。日本で同じような観光タクシー1日借りるとその3倍はするから、安い。

デリーからタージマハルがあるアグラまでは、高速道路使って約3時間。往路も復路もそれぞれ2回ずつ、サービスエリア的なところで運転手さんが休憩をいれてきた。安全運転のために休憩は大事ですからね。最初の休憩地点で、早朝だったせいかトイレが閉鎖されていた。どうするんかなと思ってたら、横の茂みで運転手さんが立ちションし始めた。最高。

タージマハルはきれいだった。中もきれいな石細工で埋め尽くされており、入った価値があると思った。ガイドさんが一生懸命日本語で説明してくれた。8割くらい聞き取れた。異国の地で日本語を勉強している人はなんとなく応援したくなる。

朝焼けタージマハル

ガイドさんがいたおかげで、入場の手続き*11は滞り無く済ませることができ、それの行列もパスできた*12。インドにしては高額なツアー料金ではあったが、その価値はあったと思う。

アーグラ城は、外からざっと眺めた。中は汚いらしい。

ツアーでマッサージとかお土産の大理石販売店とか勧められたが、やめておいた。知らないインド人に体触られまくるのは嫌すぎるから金もらってもやりたくない*13し、大理石はどうせ買わないから。

ツアーはViatorで購入した。ツアー終了後に、しつこく高評価レビュー書いてくれと言われた。ツアーの説明にはタージマハルの入場料が含まれると書かれていたにもかかわらず、当日ガイドさんに1300ルピー取られたから、高評価はつけなかった。

ニューデリーからバラナシ

ニューデリーからバラナシへの移動で、寝台列車に乗った。Sudah Duronto Express という列車だった。ニューデリー出発時には既に30分遅延しており、最終的に2時間遅延し、Pt. Deen Dayal Upadhyaya Jn. (DDU)駅に到着した。

1等寝台に乗った。車内ではペットボトルの水と食事が出た。食事代は乗車するための料金に含まれるらしい。温かいカレーとチャパティと米とスープという内容だった。美味かった。お腹は膨れた。ビールが飲みたいなと思った。でも車内飲酒は禁止らしい。

1等とはいっても一人用の部屋はなく、しらんインド人のオッサンと相部屋になった。軽く雑談したりした。この同室のインド人のオッサンは、このインド旅行の中で出会ったインド人の中で最上級レベルで礼儀正しかった。さすが一等寝台。ただ音について非常にルーズな民族性に変わりはなく、照明消してグンナイと言い合った後に平気な顔してスマホのスピーカーで音出しながら動画観ていた。ぼくは気にならず朝まで爆睡できた。

バラナシ

DDU駅から市街地へはUberで手配したオートリキシャ*14にした。Uberで手配したのに手渡し現金決済とのことで、Uberの意味ないやんけと思った。リキシャに乗るときは毎回、あとで値段を違う値段と言われたら困るから、値段をその場でメモ帳に書いてもらった。

Dr. Rajendra Prasad Ghatあたりをぷらぷら散歩した。大気汚染?砂埃?でモヤっとした空気のなか朝日に照らされるガンジス川はなかなか幻想的だった。沐浴している人がたくさんいて、自分も手だけちょっと水につけてみた。なんかぬるかった。バラナシのガンジス川は臭いとよく聞いていたが、匂いは気にならなかった。ガンジス川に至るまでの道に牛の糞がたくさん落ちていてそれの匂いで鼻が慣れたからかもしれない。

バラナシのガンジス川

そのへんに座って、ガンジス川をぼーっと眺めたりして1時間くらい過ごした。

休憩がてら、Aadha-Aadha Café というホテルの最上階にあるレストランに行った。パンケーキを食べた。ふつうのパンケーキだった。トイレがきれいだった。窓には格子があったが、それ越しにガンジス川を眺めることができた。風が通って快適な空間だった。30分くらいのんびりしてたら欧米人の団体客が来てうるさくなったから出た。

ジョジョ3部で言及されている、「久美子の家」というホテルの前にいった。いまは久美子さんは引退されているらしい。ガート沿いのでかい建物だった。

Sushi Cafe And Continental Restaurant という日本食があるお店に行った。「スペシャル ラーメン」とやらを頼んだ。麺はふにふにだった。スープは薄味で、出汁の味はなかった。ラー油の味がした。

オートではないリキシャに乗ってみた。お兄さんは地図が読めないらしく、僕が見せたスマホの地図を通りがかりのインド人?に見せて道を聞いていた。結果として行きたい場所と全然違うところに着いた。言ったところと違うんやけどと言ったら、ぼくが道案内することになった。サービスとしては最悪ではあるが一生懸命チャリを漕いでくれたしなあと思って50ルピー札をチップとして渡そうとしたら、お兄さんは50ルピー札を突き返しながら「ワンハンドレッド!」と叫びだした。面倒くさくなって50ルピー札を取り返して目的地に向かって歩いた。やっぱ50ルピーでもええからくれやみたいなことを喚いていたが、無視した。交渉下手すぎるやろ。

インドのバーガーキングで羊肉、マトンのバーガーが食えると聞いて、Tulsi Complexというショッピングモール?のバーガーキングに入った。マトンバーガーは無かった。チキンはあった。別にそんなにおなかすいてなかったら、ほなええわということでVaranasi Jn. (BSB)駅に向かった。

BSB駅には、有料のラウンジがあった。静かだった。リクライニングできるソファ席で、2時間寝た。起きたら隣に小銃*15を抱えた軍人さんが休憩していた。

バラナシからニューデリー

インドで珍しく動力分散型の電車の長距離列車、Vande Bharat Express に乗った。BSB駅には1時間前に入線し、のんびり清掃が行われ、20分前くらいに乗車できた。Vande Bharat Expressについては、列車設定時に、日本の東海道新幹線の折返しの高速な清掃体制「7分間の奇跡」を見習ってどうのこうのみたいな記事をインターネットで読んだが、まあ無理だったんだろう。

2クラス制の列車で、上級クラスのExecutive Classの席に乗った。隣のインド人が無限に喋りかけてきた。26歳で、彼女募集中らしい。日本のアニメが好きで、コードギアスとかエヴァとかが好きらしい。日本の景色を見せてくれと言われ、適当に何枚か写真を見せた。秋の紅葉が特に好きらしく、昨年秋に行った有馬温泉の写真を見せたら、大層よろこんでいた。ITエンジニアになって、いつか日本で働きたいらしい。

乗車直後の飯は、できあいのお菓子、サモサ、スープ、インスタントのおかゆみたいなやつ*16とかが出た。これも料金に含まれているらしい。美味かった。

しばらくしたら晩飯が出てきた。寝台列車ででてきたメニューとほぼ同じ内容だった。隣の席のインド人にきいてみたら、インド国鉄のディナーは全部おなじやねんとのこと。美味かったので良い。

23時ちょうど着の予定から10分ほど遅れてニューデリー駅に着いた。Vande Bharat Expressは低遅延なことで有名らしい。助かる。

パハールガンジのホテルに戻り、フロントでビール飲みたいんやけどって言ったら、「そのへんのバー行くしか無い。でもぼったくられたりするからおすすめしない。」みたいなことを言われたからやめた。おとなしく寝た。

帰国

最終日、パハールガンジ周辺を散歩してチャイ飲んだりしたあと特にやることもないからニューデリー空港に向かった。地下鉄を利用した。窓口でQRコードのペラいきっぷを買って、乗車した。まあまあきれいだった。

インドの空港は入るのに検査があるということで怯えながら入った。余裕をもってフライト6時間前*17に行った。印刷しておいたeチケットお客様控え(EMD)と旅券を見せたら入れた。意外とさくっと入れた。やっぱ早く来すぎたわと出ようとしたら怒られた。一回入ると出られないらしい。意味わからん。コスタコーヒーで謎のバーガー食べたり、ベンチに座ってネトフリ見たりして時間過ごした。

ANAのチェックインカウンターはフライト4時間前くらいに開いてた。たまたまかな。

出国審査が地味に長かった。一人5分くらい時間をかけてた。なんの意味があんねんと思った。保安検査では、前に並んでたインド人が大量のお菓子を持ち込んでいて、保安検査の人になんか怒られてて時間をとられた。預け入れせんかい。

チェックインカウンターでインビテーションのチケットを貰った、 Encalm Privé Lounge に行った。シャワーがきれいで飯がうまくて*18、インドの酒*19があってよかった。酒はカウンターで注文する必要があるスタイルで面倒くさかった。WiFiは、機械にパスポートをスキャンさせてパスワードを発行してもらう方式だった。フランスのパスポートを片手にその機械の使い方を聞いてきた老夫婦の喋る英語がめちゃくちゃおフランスな訛り方をしていてオシャレに感じた。聞き取りにくいインド英語に数日どっぷりだったから尚更、耳が喜んだ。

帰りはNH838(ニューデリー→羽田)。直行便。寝てたらあっという間だった。

羽田に到着後、なんか自分がインド臭いなと思った。

コインロッカーに預けっぱなしにしていた着替えを取って、シャワー*20 を浴びて、インドから持ってきた荷物を全て袋に密閉して詰めて、自宅に発送*21した。その後の自宅までの移動が快適にできた。

感想

想定通り、衛生に対する意識の違い、文化の違いを感じることが多く、妻を置いて一人で行って正解だった*22。僕は楽しかった。

またタイミングがあれば行きたい。次はもうちょっとのんびり行きたい。

朝のパハールガンジ周辺の路地。汚物が落ちていたり、食べ物のお店があったりする。ふらふらするだけで楽しかった。

*1:赤い中国の旅券持ってたから中国人かなと思った。本当に間違えていただけっぽくて、sorryと何回も言われた。

*2:最後までずっと、ご登場ありがとうございますみたいなメッセージが映し出され静止していた。

*3:でかいオットマンがあるからまあほぼフルフラットな姿勢で寝れた。

*4:横のパネル?が外れかけていてプラプラしていた。便をするというトイレの本質的機能に問題はなかった。

*5:スマホの充電器を差しても使えなかった。コンセントの本質的機能に問題があった。

*6:ちなみに昨年エアインディア便で墜ちたのも788。

*7:他にも各所で釣り銭を誤魔化されかけたが、いちいち書いてたらキリがない。

*8:定食のこと。東京にたくさんお店がある「ターリー屋」は定食屋ということである。

*9:屋台料理で生野菜は食中毒リスクが高いとどこかで見たからちょっと遠慮したかったが、空腹に抗えなかった。

*10:日本語はまあまあカタコトではあった。こちらが喋っている日本語は3割くらい理解してくれた。こちらのしゃべる日本語を理解して無くてもわかったフリをしてきて想定外の行動をしてきたりしたから、後半はほぼこちらからは英語で喋った。

*11:インドは謎に荷物検査みたいなやつが多かった。パッと見た感じでも回避策がいくつも思いつくようなザルな検査が多くて、やってるポーズを示しているだけなのか、制度設計している人の頭が悪いのか、現場の怠慢なのか、よくわからない。とにかく無駄な仕事が多い。

*12:外国人がたくさん並んでいる列を横目に、ガイドさんがよくわからない抜け道を通してくれた。本当にそれやってもええやつか?と思った。

*13:マッサージ自体あまり好きではなく、日本でもやりたくない。機械のマッサージ椅子は好きです。

*14:東南アジアではトゥクトゥクと呼ばれているやつ。

*15:実物の小銃を初めて間近で見て興奮した。ロシアのAKっぽい見た目のアサルトライフルだった。

*16:これもカレー味だった。なんでもかんでもカレー味。

*17:フライト8時間前から入れるらしい。4時間前からしか入れないというのは誤情報らしい。でも早くはいっても仕方がないという話もある。

*18:カレーとビリヤニが複数種類あってよかった。肉がゴロゴロのカレーが食べ放題。ナンはライブキッチンで焼いてもらえた。

*19:SIMBAというビールをいくつか飲んだ。よくあるクラフトビールってかんじだった。

*20:到着後のラウンジは無いが、SFC資格で無料で使えるシャワーがある。 羽田 | ラウンジ | 空港 | ご旅行の準備 | ANA

*21: ダイナースの特典で無料で自宅に発送できる。 手荷物宅配サービス | トラベル優待 | クレジットカードのダイナースクラブ

*22:旅行計画時、妻に「インド行こうと思うんやけど、どう?」と聞いたら「一人で行ってき」と即答された。

第二種電気工事士の試験受けた

第二種電気工事士、電工二種の試験うけた。

動機

前から自宅で壁スイッチ殺したり*1、備え付けの引掛シーリングでない照明を外して引掛シーリング化とかの工事を勝手にやっていて*2、正しい資格を持ってやったほうがいいのではと徐々に思うようになってきたから。電気工事士として仕事するつもりはない。

学科試験

参考書買って読んだ。

やさしい感じで読みやすかった。試験一週間前の週末にざっと読んだ。

内容としては、高専の電気回路の授業でやったやつの復習と、覚えゲーってかんじ。そんなに覚える量は多くなかった。

会場は京大吉田キャンパスだった。立て看がいっぱいあるな〜って思った。

回答が出てすぐ自己採点したら8割とれてた*3。合格ラインは6割だから、合格。よかった。

技能試験

ホーザンの練習用の材料セットを買って練習した。

同じくホーザンの、JIS C9711 適合の圧着工具(P-738)とVVFストリッパー(P-958)を買った。かしめと皮膜剥く用の普通の電工ペンチは持っていたけど、圧着工具についてはJIS適合の刻印が必須だから買い、VVFストリッパーについては電工二種合格済の人が「絶対買ったほうがいい」って言ってたから買った。買って正解だった。P-958めっちゃ便利。いままで外装被覆を電工ナイフで切ってたのが本当にばからしくなった。

プライヤーも持ってなかったから適当なのを買った。これは適当な安いやつで問題なかった。その他の工具は持ってるやつを使った。

試験問題の対策については、ホーザンのYoutubeチャンネルにあるものを一通り見た。

www.youtube.com

関西弁のおねえさんの喋りが親しみやすくて良かった。ホーザンって大阪の会社なんやって思った。

13個ある問題をそれぞれ一回ずつ練習した。徐々に慣れてきて自分の作業スピードが上がっていって面白かった。

試験会場は堀川今出川にある「西陣織会館」だった。自宅からバスですぐの場所で、ありがたいなと思った。

40分ある試験時間のうち、最初の10分ちょっとで作業が終わってしまった。完全にナメてて、もういけるやろと思って何も確認せずにぼーっと残り時間過ごした*4。その結果、落ちてた。不合格の理由はわからない。どこか末端処理忘れてたとか極性間違えてたとかかな。空いた時間でしっかり確認しとけばよかった。

技能試験(2回目)

学科試験は一度受かると次とその次は免除されるから、技能試験だけの再チャレンジは早めにやったほうがいいと思ってすぐ申し込んだ。

前回の練習用の材料がちょっと余ってたから、試験前日にそれを使って軽く練習した。前回なんで不合格になったんやろな〜って考えながら練習したけど結局わからんかった。

2回目の技能試験当日、また半分以上時間余った。今回はしっかり何度も欠陥がないか見直した。いっぱい見直したおかげか、合格していた。

感想

2回目の技能試験の受験料9300円が本当に勿体ない。私は愚か者です。

*1:天井照明のスイッチの話でいうと、照明機器つまりHue側は常時ONであってほしいから、ONの状態で固定したい。Hueの制御はHueのDimmer Switchでやるから、壁スイッチは操作されたくない。

*2:賃貸だから退去時毎回にきれいに直してる。

*3:しっかり対策したとある友人は、満点とったらしい。

*4:他の受験者がガサゴソ作業している中、謎の優越感に浸りながらぼーっとしてた。本当に愚かだった。

グアム

かつてのSFC修行や、その後の新婚旅行等で溜まったマイルを消費するため、妻とグアム旅行に行くことにした。

関空→グアム(UA150便)

ANAはグアムまで定期便を出していないため、ANAにコードシェアしているユナイテッド航空が運航している便を利用した。

ユナイテッド航空は、ケチなのかしらんけど、スタアラゴールド資格で関空の KIX Lounge Kansai には入れない。ANAラウンジがあった頃はそれに入れたらしい。うーん。仕方がないからカードラウンジに入った。ダイナースおよびプライオリティパスの場合はビール一杯だけ無料だった。

機内食は一応ちゃんとしたものが出た。鶏肉かうどんか選べて、鶏肉を選んだ。おいしかった。アルコールは有料とのことで10ドルとられちゃった。

ユナイテッド航空 UA150便の機内食

パンはかちこち。ターキッシュエアラインズのあったかいパンが懐かしい。

座席がありえん狭かった。マイルまだまだ余ってたし、ビジネスクラスにすればよかった*1

前後の座席間隔が狭すぎて、リクライニングするのを躊躇うレベル。リクライニング前の直角みたいな角度でずっと過ごして、しんどかった。腰が壊れた。ラウンジのことといい、もう二度とユナイテッド航空のエコノミーには乗らんわと思った。下手なLCCのほうがマシ。

入国審査は空いていた。UA150は国際線としては小さめの737-800で席数が少なく、あと同じ時間に他に便があまりなかったからかな。一瞬で通り抜けた。初のアメリカ入国!

トイレ行ってから預け入れ荷物取りに行ったら、もうすでに出ていた。スタアラゴールド特典で荷物につけてくれるプライオリティタグは本当にありがたい。現地での自由時間が増えるから、ラウンジよりもこっちのほうがステータス維持する理由として大きいかもしれないと最近思い始めた。飛行機を降りてから20分くらいで空港を出ることができた。

ホテル

リーガロイヤル・ラグーナ・グアム・リゾート に4連泊した。空港からはタクシーで30ドルくらい。

結論からいうと、満足。高コスパ。

jp.rihga-guam.com

安心安全の日系ホテル。ただし日本語いけるスタッフは常駐していない様子。予約前に日本語でメールで問い合わせたときは日本語のメールが帰ってきたが、現地で日本語ネイティブのスタッフと遭遇することはなかった。日系ホテルといえど、アジア系の宿泊客は半分以上韓国人っぽかった。

部屋はスイートルームにした*2

リーガロイヤル・ラグーナ・グアム・リゾートの「ラグーナクラブスイート」のお部屋

連泊にぴったりの満足の広さ。

クラブラウンジに入れるのと、ウェルカムワイン*3があった。

チェックイン時、謎にダイソンのドライヤーを貸してもらえた。これもスイートルーム限定なんかな。デポジット200ドルとられた*4。妻が自宅と同じものを使えて喜んでいた。

部屋からの眺望は大変良かった。

居間側のバルコニーに椅子二脚がおいてあって、酒でも飲みながら夕暮れをぼんやり眺めることができてよかった。

ホテルのクラブラウンジ

リーガロイヤル・ラグーナ・グアム・リゾートのクラブラウンジの食事

クラブラウンジの食事は、まあまあぼちぼち。内容は日替わりで、人によっては当たりハズレがあるかも。チーズについては毎日複数種類おいてあるから、チーズ好きの妻は満足そうだった。飲み物についても、まあまあぼちぼち。スパークリングワインが無いのが残念。ただビールはバドワイザーとバドライトがあったから、バドワイザー好きの自分としては満足だった。

食事がぼちぼちということで、軽く酒1杯くらい飲んで、あとは部屋のリビングで飯食ってることが多かった。

ホテルの朝食

朝食は全く文句なく美味しかった。

リーガロイヤル・ラグーナ・グアム・リゾートの朝食ビュッフェ

野菜いっぱい食べれて嬉しい!

納豆もあった。白米はインディカ米だけがあり、不思議な納豆ご飯を食べることができた。日本っぽいカレー*5もあり、不思議なカレーライスも食べることができた。

一応ちゃんとしたホテルの朝食ビュッフェという矜持があるのか、カウンターでオムレツを焼いてくれるサービスがあった。オムレツの大きさが、日本のホテルのそれに比べて大きくて二倍くらいあり、たまご大好き人間としては大変嬉しかった。

ホテル内その他アクティビティ

クラブスイート限定で、サーフィン体験教室、フラダンス体験教室、とかが無料ということで、サーフィン体験をやった。プールに浮かぶサーフボードの上でパドリングして立つ練習を1時間やった。難しかった…。講師のおっちゃんはサーフィン大会で審査員をしているとのことだった。気さくで楽しいおっちゃんだった。

テニスコートも無料で使えた。フロントでラケットとボールを借りるのも無料だった。他に使ってるお客さんはいなさそうだった。いい運動になった。

プールサイドにバーがあった。水着でそのまま飲めるみたいな。

カクテル1杯10ドル〜。おつまみ等は置かれていない。部屋からの眺望とそう変わらんから、食べ物つまみながら長居したいなら部屋のバルコニーで飲んでねって感じだと思う。しらんけど。

食料品店

晩ごはんは主にスーパーとかのお店で買ったものを部屋で食べた。車社会のグアムで、夜酒飲みたい夫婦としてはこうするしかない。そもそも現地はアジア圏と違って外食文化がそこまでないし*6

空港近くにドンキがあって、日本の食材は一通りあった。炭酸水は現地で飲む文化が無いのか、ドンキでしか見かけなかった。

リーガロイヤルホテルから徒歩圏内にある「ペイレススーパーマーケット」が個人的にお気に入り。現地の食べ物がいっぱいあった。TVディナー的なやつ(HUNGRY MAN)やランチャブルズといった現地の冷凍食品を食べることができて、満足。

ガソリンスタンドに併設されてるコンビニも、アメリカってかんじがして良かった。お肉のレトルト食品みたいなのがあって、ホテルでチン*7して食べた。うまかった。

タロフォフォの滝

2日目と3日目はレンタカーを借りた。タモン地区のほうに、レンタカー屋が何店舗かある。「ジャパンレンタカー」というところで借りたが、スタッフさんに日本語は通じない。いい加減なかんじだった。たぶんどこで借りてもいい加減。

慣れない左ハンドル右側通行にビビりながら、レンタカー屋から40分くらい車を走らせ、タロフォフォの滝というところに行った。

タロフォフォの滝

立派な滝だった。

滝含め、周囲は遊園地みたいになっていた*8。整備ができず放置されている遊具もあった。

「恥ずかしながら帰って参りました」で有名な、横井庄一さんの展示もあった。このタロフォフォの滝の近くで潜伏生活をしていたらしい。園内の奥の方に、穴のレプリカや断面模型等があった。あんまりきちんと手入れされていなくて、ちょっと荒れていた。途中の通路も、なかなかの手入れされてない具合で、草木が生い茂り虫が飛び回り、南の島のジャングルを感じることができた。おそらく横井さんの戦友らを祀る仏像があったから、手を合わせておいた。

恋人岬

恋人岬(Two Lovers Point)に行った。きれいだった。

恋人岬からの風景

案外空いていた。

帰ろうとしたタイミングで、日本のおそらく高校生の修学旅行の団体が入ってきた。青春ってかんじが溢れてよかった。

砂浜

イーパオ(Ypao)というところの砂浜にいった。

イーパオ ビーチ (Ypao beach)

めっちゃきれいだった。 フィンどころかシュノーケルも持ってないから、普通のゴーグルかけて、息継ぎしながらシュノーケリングした。熱帯魚ってかんじの奇抜な魚がいっぱいいておもしろかった。めちゃくちゃ楽しかった。妻は浮輪でプカプカ浮いていた。

無料のシャワーがあると聞いていた。殆ど壊れていて、1つが辛うじて使える状態だった。アメリカンクオリティを感じた。

射撃

銃が合法の国に行ったら一度はやってみたい、実銃の射撃体験もやってみた。

日本人がやっているお店に行った。

www.wfvguam.com

一番小さい口径の銃にした。それでも反動はすごかったし、銃は重くて腕が疲れた。音もすごかった。

そんなかんじではあったが、わりとまっすぐ弾は飛び、18発すべての弾が的の紙の真ん中の方に当たってた。何の経験もない初心者でもまっすぐ向いて撃てば当たって簡単に人をあやめてしまう、怖い存在だなあと思った。

昼飯

パンダエクスプレスやマクドに行った。うまかった。パンダエクスプレスは日本のよりもかなり量が多かった。そらこんなん食ってたらデブになるわ。

グアム→関空(UA151便)

あっという間に4泊過ぎた。

タクシーは、Strollで予約できない時間だった*9ため、前日にホテルのフロントで予約してもらった。30ドルだった。

グアムの空港にはユナイテッド航空のラウンジがあった。これはエコノミーでもスタアラゴールドで入れた。

グアム国際空港 ユナイテッドクラブの食事の一部

そんなに広くはないが食べ物は一通りあった。

お酒も一通り頼めた。嬉しい。

セルフのジュースの機械とは別で、カウンターでコーヒーとかも淹れてもらえる。

ラウンジで適当に飲んで、帰りの飛行機は寝た。

まとめ

南国のリゾート感を満喫した。

ユナイテッド航空のエコノミーには今後二度と乗りたくない。

*1:ただ、ビジネスクラスの座席をチラ見した感じ、ユナイテッド航空のビジネスクラス座席はANAのプレエコ座席くらいの広さしかなった。

*2:リゾートホテルのスイートルームのわりには、4泊で900USDとお手軽だった。時期や立地が悪いからかなあ?

*3:ウェルカムワインは、チェックイン時になかったから、メールで問い合わせたら届けてもらえた。謎。

*4:チェックアウト時に返してもらえた。

*5:インドカレー比

*6:ランチ用のファーストフードとか、ホテルの高級ディナーとかはある。

*7:リーガロイヤルホテルの5階の廊下に共用の電子レンジがあった。

*8:ロープウェイも含めて入場料一人20ドル。

*9:Strollは24時間営業を謳っているが、深夜早朝はなぜか予約ができなかった。タクシーいなくて空港行けなかったら大惨事なため、絶対に予約したかった。

自動車のナンバープレート交換した

今年引っ越しをしたのに、自動車についての移転登録をすっかり忘れていたことを、任意保険の更新タイミングで思い出し、やることにした。

運輸支局の管轄を跨ぐ引っ越しであるから、登録番号つまりナンバープレートの番号が変わる。

次の車検まではナンバープレートは交換しなくてよい特例はあるが、車検証の番号とナンバープレートの番号が違うのは気持ちが悪いし、交換しに行くという面倒くさい行為を後回しにしているだけなので、すぐ交換することにした。

www.mlit.go.jp

ついでに、登録番号の4桁の数字を選ぶことができる、希望番号制度を利用することにした。

www.airia.or.jp

さよなら品川ナンバー。

303、5050というちょっと覚えやすい番号で気に入ってた品川ナンバー。いままで3年弱ありがとう。

一連の手続き

1. 車庫証明のための、保管場所使用権限疎明書面を取得する

うちは月極駐車場を借りている。管理会社に電話して車庫証明のやつくれって言ったら「保管場所使用承諾証明書」を発行してもらえた。

「保管場所使用権限疎明書面」は、賃貸の場合は「保管場所使用承諾証明書」一枚で事足りる様子。ほんとうにそれだけ。おまわりさんは、その承諾した人(今回の場合は管理会社)が本当にその駐車場を管理するにあたり正当な権原を有しているかは確認しないのだろうか。車庫証明制度というのは疑問が多い制度だなあと思う。

2. 「希望番号・図柄ナンバープレート申込サービス」で希望する番号を申し込む

Web上でポチポチするだけ。

人気な番号の場合は週イチで抽選があるらしい。今回はそれの対象外だったので、申し込んで、クレジットカード情報を入力したら当日すぐ払い出された。

3. 希望番号が確定次第、ワンストップサービスで変更登録を申請する

Web上の「自動車保有関係手続のワンストップサービス」、通称OSSでポチポチ手続きをする。

www.oss.mlit.go.jp

この「OSS」では、警察署への車庫証明の申請、運輸局への変更登録の申請、都道府県税事務所への申請が一度に行えるようになっている。実印不要で、マイナンバーカードの署名用電子証明書による電子署名ができるようになっている。

警察署への車庫証明申請の際に、前述の保管場所使用権限疎明書面が必要になる。それをスキャンしたものでよい。他にも書類は要るが、自分で書けば良い。ただ、OSSでアップロードできるファイルサイズの制限がかなり厳しく、スキャンしたデータをグレースケールにしさらにギリギリ読めるかなくらいに圧縮しないとアップロードできなかった。本当にこれでいいのか?という気持ちになる*1

運輸局への変更登録についての情報記入画面に、前述の希望番号についての情報を記入する。そうすると、希望番号が登録される。

車検証は郵送で受け取ることができる。今回はナンバープレートをつけるためにどのみち陸運支局にいくから、出頭して受け取ることを選択した。

4. 陸運支局に行く

OSS上の手続きが完了したら、管轄の陸運支局にいく。

ナンバープレートを外して持っていって、車検証を受け取って、新しいナンバープレートを受け取って取り付けて、封印してもらうという流れ。

古いナンバープレートを外すにあたり、封印を外す必要がある。そのことを忘れて手元にプラスドライバーしかなく、むりやり破壊した。プラスとマイナスどっちも持っていきましょう。

ナンバープレート受け取る窓口の奥に受取待ち?のナンバープレートがめっちゃいっぱい保管されていて面白かった。

古いナンバープレートは1100円で無効化の処理*2してもらって持って帰ることができた。

最後に封印つけてもらったら、そのまま帰る。

帰りに陸運支局の近くの居酒屋で食べたランチ定食が美味しかった。

tabelog.com

所感

古いナンバープレート汚くて草

ちなみに、新しい4桁の番号は妻の誕生日で、義実家の車のナンバーとおそろっちである。

*1:問題なく受理された。

*2:ナンバープレートに穴が空いた。京都運輸支局では、その穴に装着する謎の飾りをもらうことができた。何種類もあって迷った。