国立科学博物館のクラウドファンディングについて

先日、国立科学博物館クラウドファンディングを行い、1億円という少なくない目標金額に対しわずか9時間で達成するという出来事がありました。

readyfor.jp

私も国立科学博物館の上野本館やつくば植物園には伺ったことがあり、館の社会的重要性がとても大きいものだと考えているため、まずは本件に対し賛辞や祝福の気持ちがあります。クラウドファンディングプロジェクトを進めた職員のみなさんや支援者のみなさん、大変素晴らしいと思います。また、目標達成おめでとうございます。

その上で、Twitter上で本件に関し様々な意見を目にしました。ざっくりと「こんな大切な施設なのに何故クラウドファンディングする必要がでるほど資金難なのだろうか」「国立ってことは霞が関の役人が悪いんだろう」みたいな論調のものが多かったように見えました。個人的には特定の中央省庁をバッシングしたくなる気持ちに対して一定の理解はあります。一方で、国立科学博物館とは、国立科学博物館の運営形態はどうなっているのか等について理解せず調べようともしないように見えて、闇雲に誰かを叩きたいだけで建設的な議論に発展しない意見が多く、非常に複雑な気持ちになりました。

国立科学博物館とは

国立科学博物館とは独立行政法人国立科学博物館によって運営されている博物館です。博物館法における分類では登録博物館ではなく指定施設となっていますが、一般的な日本語としての博物館に該当すると言っても差し支えはないでしょう。

本件について重要なのは、独立行政法人によって運営されているということです。「国立」とありますが、日本国政府が直接運営しているわけではありません。独立行政法人というものが設置母体であり、運営しているようです。

独立行政法人とは

ところで独立行政法人とは何なのでしょうか。

独立行政法人通則法を引くと、第二条第一項に定義がありました。

(前略) 「独立行政法人」とは、国民生活及び社会経済の安定等の公共上の見地から確実に実施されることが必要な事務及び事業であって、国が自ら主体となって直接に実施する必要のないもののうち、民間の主体に委ねた場合には必ずしも実施されないおそれがあるもの (中略) を効果的かつ効率的に行わせるため (中略) 設立される法人をいう。

国が直接やらなくていいけど民間に任せるのも微妙な事業を、効率的にやらせるための法人ということですね。

会計を独立させて、細かい用途について財務省にお伺いたてることなく柔軟な予算の組み方ができるというのが特徴です。

独立行政法人国立科学博物館の懐事情

そんな独立行政法人の詳細や実際の運用等については、総務省が公開している資料がわかりやすいです。

www.soumu.go.jp

独立行政法人の経常収益については、業務収益の他に運営費交付金というのがあります。というかそれが大きいです。これは、そもそも独立行政法人は儲かる事業をやるものではないから、運営費はそれなりに出しましょうというのが前述の独立行政法人通則法の第四十六条にあるからですね。

そんな運営費交付金の額は、おおむね前年度の会計を見ながら決められていることが、総務省の資料「独立行政法人の概要」から読み取れます。

https://www.soumu.go.jp/main_content/000385331.pdf

※上記資料9ページの「効率化係数」とやらに関しては微妙な気持ちになりますが……。

独立行政法人国立科学博物館に対して実際に過去にどれだけ運営費交付金が算定されているかは、国立科学博物館のホームページ上で丁寧に公開されています。また、損益計算書も公開されており、運営費交付金以外にどういった収益があるのかも確認できます。

www.kahaku.go.jp

この中で令和元年度から4年度までの運営費交付金を見てみると、

  • 令和元年度: 23億円
  • 令和2年度: 30億円
  • 令和3年度: 23億円
  • 令和4年度: 22億円

となっています。

令和2年に関しては例年より7億円程度増額されています。おそらく新型コロナウイルスの影響で入場料収入が減ることを見越してのことだったと考えるのですが、同資料から過去数年6~7億円程度だった入場料収入が1億円台まで減ってしまっていることを確認でき、結果として正しかったように見えます。

このように、運営費交付金は世の中の状況に応じて適切な額を算定しようという動きは少なからずあることがわかります。

資金的危機の原因

そこで、適切に算出されているであろう運営費交付金があるのに何故クラファンをすることになった、つまり資金が必要なのでしょうか。

冒頭でリンクを貼ったクラファンのページに理由が書かれています。

昨今のコロナ禍や光熱費、原材料費の高騰によって、資金的に大きな危機に晒されています。

一番頭の「コロナ禍」という事象については、前述の運営費交付金の増額でカバーされてそうに思えます。(とはいえ、入場料収入分の交付金の増額の実現については職員の皆さんがかなり苦労された結果だと思います。)

その次にある「光熱費」が今回のクラファンの要因としては大きいように察します。

国立科学博物館の光熱費

国立科学博物館の光熱費はどのように決まるのでしょうか。もちろん我々一般市民や営利目的の会社と同じく電力会社と契約するのですが、それら電力会社はどのように決められるのでしょうか。

平成19年に閣議決定された、「独立行政法人整理合理化計画の策定に係る基本方針」があり、独立行政法人がどのように契約を行うのかの方針も含まれています。「2.運営の徹底した効率化(独立行政法人の効率化)」内の「(3)随意契約の見直し」には以下のようにあります。

独立行政法人の契約は、原則として一般競争入札等(競争入札及び企画競争・公募をいい、競争性のない随意契約は含まない。以下同じ )によること

電力会社との契約に関しても原則に漏れないようで、実際に一般競争入札が行われているようです。競争入札まわりのデータを収集しているサービスにて調べてみると、上野の本館については「国立科学博物館上野地区で使用する電気契約電力(後略)」といった件名で毎年公告していることが確認できました。

過去の状況を見てみると、2020年までは東京電力エナジーパートナー株式会社が、2021年は株式会社エネットが、2022年はパワー株式会社が落札しています。2021年以降に落札している2業者は電力の小売全面自由化以降に参入したいわゆる新電力といわれる企業ですね。

ではそこで、直近の同様の2023年1月17日公告、同年3月22日開札の「国立科学博物館上野地区で使用する電気契約電力1,100kW予定使用電力量3,206,000kWh 」の結果を確認してみると、「不調」となっていました。不調とは、入札する企業が全くいなかったということです。電気仕入れ価格高騰により小売業は儲からないのでしょう。

どの電力小売業者とも契約できない場合どうなるのかというと、配電事業者(電力小売に対する元売り)から最終保障供給を受けることができます。これは電気事業法第二十条に定義されています。この最終保障供給を利用した際の金額は、経済産業大臣の認可の下各事業者が定める託送供給等約款にて決められています。

ちなみに、最終保障供給による契約価格は経済産業大臣が決めているわけですが、別に安いわけではなく、なんなら東電(の小売部門の会社)と契約するよりも約3割増と高額で、経済産業省もこの契約価格が高く苦しんでいるようです。

toyokeizai.net

燃料価格の高騰という純粋な発電コスト増を鑑み、それに応じた値上げを行政は認めざるを得ないようです。

独立行政法人はお金がなければどうすればいいのか

運営費交付金の算定時に考慮できていなかった高騰した電気代が払えない場合、独立行政法人はどうなるのでしょうか。

本件のようなクラファンについては一旦除いて考えてみます。

企業が必要経費を払えない場合、事業を停止し解散するか、可能である限り増資や借金等の資金調達を行います。

独立行政法人についても行政の許可を得て解散することができますが、電気代が払えないからという理由で解散した例は調べた限り見つかりませんでした。

では資金調達をします。独立行政法人は資本金という概念が無いため増資という選択肢はありませんが、借金はできます。通則法第四十五条より、国から短期借入金をすることができます。また、個別法を定めることにより、長期借入金および債権発行をすることができるようです。長期借入金および債権発行についての実例は調べてもあまりでてこなかったので、おそらく短期借入金をして次年度の運営費交付金を増やして消す感じの運用がベースだと解釈しました。

短期借入金をするにあたり、主務大臣の認可が必要です。さらに、その際主務大臣は財務大臣と協議する必要があります(通則法第六十七条)。法文には行政主体の長として大臣と書いてありますが、実際にそのへんの細かい判断や省間の協議といった実務を行うのは省庁の職員の皆さんなんでしょう。

つまりもし国立科学博物館が短期借入金をするのであれば、文科省の人に話をしに行って、もし文科省の人がそれを認可する方針で動くのであれば文科省の人が財務省に赴き、財務省の廊下で長時間待たされるやつ(最近減ったと聞くけど)をやるのかなあと想像します。

もしクラファンせず短期借入金をするとどうなるのか

完全に「もし」の話なので、想像ですが、電気代の高騰による短期借入金については、財務省も協議に応じ、文科省は認可してくれると考えます。電気代は払えると思います。一方で、翌年度の運営費交付金の増額についてはなかなか苦戦するかもしれません。文科省財務省から、「電気代払えないなら事業縮小するしかない」と言われるかもしれません。

こういった話が進む可能性は少しでも避けたいのではないでしょうか。そこで、独自に資金を調達するクラファンという選択をするのは、十分に合理性があると思います。

実際の話として

「もし」の話で、短期借入金をするとどうなるのかを書きましたが、あくまで仮定の想像です。電気代の高騰による国立科学博物館の資金的危機に対して行政がどのような反応をしたのかについては、少なくとも今の所は公開されていません。

もちろん、既存の似たような独立行政法人の現状、たとえば国立大学まわりの行政を見ていると、なんとなく悪い想像はしてしまいます。

ただそれだけで本件を行政や政治の問題と紐付けネガキャンをするのはやや理解し難いですね。

来年以降、電気代高騰に応じて運営費交付金の増額がなされることを願っていますし、国民みんなで注視し、そこから場合によっては政治的問題として議論を発展させるのが適切だと思います。

個人的には、電気代高騰は原発に関する諸々が良くないと考えています。東電も早く原発再稼働や新規建設を進めてほしいと思っています。ただこれはより一般的な話で、本件からはやや逸れますね。

最後に

国立科学博物館はとてもすばらしいものです。また今回のクラファンはバックヤードツアーや体験学習など魅力的かつ科学技術の振興に意義の大きい返礼品が多く、資金調達にとどまらない効果があったと思います。

「行政や政治の問題で資金難になったからクラファン」みたいなネガティブな捉え方はせずに、資金調達もできる新しい活動方法として見ていきたいです。一方で博物館の類は金銭的余裕の無い人も利用しやすいものであってほしいので、適切な運営費交付金の算定を求めます。

あと、地方公共団体の運営している全国にある自然科学系の博物館についても多くの人に目を向けてほしいなあと思います。

私の幼少期の思い出深い神戸市立青少年科学館(これまた資金のためにネーミングライツ制度を実施し「バンドー神戸青少年科学館」)や明石市立天文科学館が、今後の人口減による税収減に直面しても持続可能な事業活動を行っていくにはどうすればいいのかとよく考えます。

おわり。